運用保守のPMOに異動になったとき、多くの人が最初に感じる違和感があります。新規開発と同じ進め方をしようとすると、どうもうまくいかない。計画通りに進まない。突発対応に追われて本来の仕事ができない。そんな経験をした方は多いのではないでしょうか。
私はPMOとして10年以上、新規開発と運用保守の両方を経験してきました。現在も自動車保険業界の運用保守PMOとして、複数案件を同時に回しています。その経験から断言できるのは、新規開発と運用保守は似て非なるものだということです。同じPMOという職種でも、必要なスキルも判断軸も心構えも全く違います。
この記事では、30年のIT業界経験と10年以上のPMO実務から見えてきた、運用保守PMOと新規開発PMOの本質的な違いをお伝えします。
運用保守PMOの現場で起きていること
運用保守のPMOは、新規開発とは全く異なる現場です。朝出社したら今日のタスクが決まっているわけではありません。むしろ、昨日までの計画が突発対応で吹き飛ぶことの方が多いのです。
計画が機能しない現場のリアル
私はPMOとして10年以上、新規開発と運用保守の両方を経験してきました。特に現在担当している自動車保険の運用保守PMOは、その違いを毎日痛感する現場です。新規開発では要件定義からリリースまで、計画に沿って進めることが基本でした。しかし運用保守では、朝計画したタスクが午前中の障害対応で全部吹き飛ぶことも珍しくありません。クライアントから常に新しい要件が発生し、複数案件を同時に回しながら、既存システムの安定性も維持する必要があります。新規開発PMOは計画を守る役割ですが、運用保守PMOは常に判断する役割です。優先順位、リソース配分、クライアントとの調整、突発対応の判断など、頭の使い方が根本的に違います。10年以上経験して分かったのは、両方の経験があってこそ真のPMOと言えるということです。
これは決して特殊な例ではありません。運用保守の現場では日常的に起きていることです。朝のミーティングで今日の作業を確認していても、午前中に障害が発生すれば全員がそちらに張り付きます。午後には別の案件で顧客から緊急の要望が入り、夕方には翌日のリリース準備で残業確定。計画していた改善タスクは結局手つかずのまま、また明日に持ち越しです。
新規開発の常識が通用しない瞬間
新規開発から運用保守に異動してきたPMOが最初にぶつかる壁が、計画の立て方です。新規開発では要件定義からリリースまで、ある程度の道筋が見えています。WBSを作り、マイルストーンを置き、進捗を管理する。この王道が運用保守では機能しません。
運用保守では複数の案件が常に並行して走っています。それぞれの案件に異なる顧客がいて、異なる要望があり、異なる期限があります。しかも突発対応は予測不能です。月初に立てた計画が月末まで維持できることの方が珍しいのです。
私が新規開発のPMOから運用保守に移ったとき、最初の1か月は本当に苦労しました。ガントチャートを作っても意味がない。週次の進捗会議で報告する内容が毎回変わる。顧客との調整に追われて、チームメンバーとゆっくり話す時間すらない。新規開発で学んだマネジメント手法が、ほとんど役に立たないと感じた瞬間でした。
守りながら攻める難しさ
運用保守のもう一つの特徴は、守りながら攻めなければいけない点です。新規開発は作ることが目的ですが、運用保守は既存システムを安定稼働させながら改善していく必要があります。
本番稼働中のシステムに手を入れるということは、常にリスクと隣り合わせです。改善のつもりで変更を加えたら、予期しない障害を引き起こしてしまう。そんなことが現実に起きます。だからこそ変更管理は厳格にならざるを得ませんし、リリース前のテストも念入りに行います。
しかし顧客からは改善要望が次々と来ます。業務効率を上げたい、新しい機能を追加したい、レポートの項目を増やしたい。それらすべてに応えながら、システムの安定性を保つ。このバランス感覚が運用保守PMOには求められます。
なぜ運用保守と新規開発でこれほど違うのか
運用保守と新規開発のPMOがこれほど違うのには、構造的な理由があります。30年IT業界にいて見えてきたのは、プロジェクトのゴールと性質が根本的に異なるという事実です。
作ると守るの本質的な違い
新規開発は作ることがゴールです。要件を満たしたシステムを期限内に納品すれば、そのプロジェクトは成功です。ゴールが明確で、そこに向かって一直線に進めます。
一方、運用保守にはゴールがありません。システムを安定稼働させ続けることが使命ですが、それは終わりのない戦いです。昨日まで問題なく動いていたシステムが、今日突然止まるかもしれない。そのリスクを常に抱えながら、日々の業務を回していきます。
この違いは、PMOの役割にも大きく影響します。新規開発のPMOは計画を立て、その計画通りに進めることが仕事の中心です。しかし運用保守のPMOは、計画を立てることよりも状況に応じて優先順位を判断し、リソースを配分し、顧客との調整を行うことが仕事の中心になります。
時間軸と不確実性の違い
新規開発は時間軸が有限です。プロジェクトの開始と終了が明確で、その間のスケジュールも引けます。不確実性はありますが、それでも要件が固まれば見通しは立ちます。
運用保守は時間軸が無限です。システムが廃止されるまで続きます。そして不確実性が桁違いに高い。いつ障害が起きるか、いつ顧客から緊急要望が来るか、いつメンバーが病欠するか。すべて予測不能です。
| 要素 | 新規開発PMO | 運用保守PMO |
|---|---|---|
| ゴール | システムの納品(明確) | 安定稼働の継続(終わりなし) |
| 時間軸 | 有限(開始と終了が明確) | 無限(システム廃止まで) |
| 計画性 | 高い(WBS、ガントチャートが機能) | 低い(突発対応で計画が崩れる) |
| 不確実性 | 中程度(要件固定後は予測可能) | 非常に高い(障害・緊急要望が予測不能) |
| 優先順位 | スコープとスケジュール重視 | 安定性と顧客満足度重視 |
| チーム編成 | プロジェクト期間中固定 | 複数案件の掛け持ちが常態 |
求められる判断のスピードと種類
新規開発では判断に時間をかけられます。要件定義で悩み、設計で悩み、実装方法で悩む。それは許されますし、むしろ必要です。慎重に検討して正しい選択をすることが求められます。
運用保守では判断のスピードが命です。障害が起きたとき、30分以内に対応方針を決めなければなりません。完璧な情報が揃うのを待っていたら、被害が拡大します。不完全な情報の中で、リスクを取りながら意思決定する能力が求められます。
また判断の種類も違います。新規開発では技術的な判断が中心ですが、運用保守ではビジネス的な判断の比重が高くなります。この障害対応に何人投入するか、この改善要望にどこまで応えるか、この顧客とこの顧客のどちらを優先するか。そういった判断を毎日のように迫られます。
ステークホルダーとの関係性の違い
新規開発のステークホルダーは比較的シンプルです。プロジェクトオーナー、ユーザー部門、開発チーム。関係者は限定的で、コミュニケーションのルートも明確です。
運用保守は複雑です。複数の顧客がいて、それぞれに異なる要望があります。社内の他部署との調整も発生します。ベンダーとの交渉もあります。しかもそれらが同時並行で進みます。PMOは交通整理役として、すべてのステークホルダーとの関係を維持しなければなりません。
私が現在担当している自動車保険業界の運用保守では、同時に5〜6社の顧客案件が動いています。それぞれの顧客に担当窓口がいて、それぞれの優先事項があります。ある顧客にとっての緊急案件が、別の顧客にとっては重要度が低いかもしれない。そのバランスを取りながらリソースを配分し、全体の品質を保つことがPMOの役割です。
運用保守PMOに必要なスキルとツール
運用保守PMOに求められるスキルは、新規開発とは異なります。私が10年以上の経験から学んだのは、計画力よりも調整力、技術力よりも判断力、そしてツールを使いこなす力が重要だということです。
運用保守PMOが身につけるべきスキル
運用保守PMOに最も必要なのは、優先順位をつける力です。すべてのタスクを完璧にこなすことは不可能です。限られたリソースの中で、何を先にやり、何を後回しにするか。その判断を毎日下さなければなりません。
私が現場で使っている判断基準は、影響度と緊急度のマトリクスです。ただし新規開発のような単純な2×2マトリクスではなく、顧客ごとの重要度、システムの重要度、対応の難易度などを加味した多面的な判断をしています。これは経験を積まないと身につかないスキルです。
もう一つ重要なのは、不完全な情報で意思決定する力です。運用保守では情報が揃うのを待っていられません。障害が起きたとき、原因が特定できる前に対応方針を決める必要があります。リスクを取りながら判断し、その判断が間違っていたら素早く軌道修正する。この柔軟性が求められます。
現場で効果を発揮するツールの選び方
運用保守PMOにとってツールは武器です。突発対応と複数案件の並行管理を人力だけで回すのは限界があります。適切なツールを使えば、工数は半分以下になります。
私が30年の経験から見てきて思うのは、運用保守に必要なツールは新規開発とは種類が違うということです。新規開発ではガントチャートやWBS管理ツールが主役ですが、運用保守ではチケット管理、障害管理、ナレッジ共有のツールが主役になります。
運用保守PMOのためのツール比較
現場で使うなら、以下の3つのツールを検討してください。私が実際に使ってきた経験から、それぞれの特徴と向き不向きをまとめました。
| ツール名 | 主な用途 | 向いている企業規模 | 運用保守での強み | 導入時の注意点 |
|---|---|---|---|---|
| Backlog | チケット管理、進捗管理 | 中小企業〜中堅企業 | 直感的で導入しやすい、複数プロジェクト管理に強い | 大規模案件では機能不足の可能性 |
| Jira Service Management | インシデント管理、変更管理 | 中堅企業〜大企業 | ITIL準拠、自動化機能が充実、カスタマイズ性が高い | 学習コストが高い、設定が複雑 |
| ServiceNow | 統合運用管理 | 大企業 | エンタープライズ向け、全社統制に最適 | 高コスト、専任管理者が必要 |
私が現場で使うなら、中小企業にはBacklogを勧めます。理由は導入の速さです。運用保守は待ったなしです。ツールの設定に1か月かけている余裕はありません。Backlogなら初日から使えます。チケットを作り、担当者をアサインし、期限を設定する。この基本動作だけで、タスクの可視化と優先順位管理ができます。
中堅企業以上で、複数の顧客を抱えている場合はJira Service Managementを検討する価値があります。インシデント管理、問題管理、変更管理といったITILの標準プロセスが組み込まれているため、運用の成熟度を上げたいときに役立ちます。ただし設定には時間がかかります。専任で設定する人を1人アサインできるなら導入を検討してください。
ServiceNowは大企業向けです。コストも高いですし、運用にも人手がかかります。ただし全社統制が必要な場合、複数部署で同じツールを使いたい場合には最適です。私がかつて金融系のプロジェクトで使った経験では、ServiceNowのワークフロー機能は強力でした。承認プロセスが複雑な企業では検討する価値があります。
ツールよりも大切な運用ルール
ツールを導入しただけでは運用保守はうまく回りません。私が現場で学んだのは、ツールよりも運用ルールの方が重要だということです。
運用保守では突発対応が発生します。そのとき誰が何を判断するのか、誰に報告するのか、どの顧客を優先するのか。これらのルールが明文化されていないと、現場は混乱します。ツールはそのルールを実行するための道具に過ぎません。
私が現在のチームで実践しているのは、インシデント対応の優先度判断基準を明文化することです。影響範囲、顧客の重要度、業務への影響度、対応の難易度。これらを点数化し、合計点で優先順位を決めます。完璧なルールではありませんが、判断のブレが減りました。
もう一つ重要なのは、定期的な振り返りです。運用保守は計画通りに進まないからこそ、週次で振り返りをして軌道修正する必要があります。今週何が起きたか、何がボトルネックだったか、来週どう改善するか。この振り返りサイクルを回すことで、チーム全体の対応力が上がっていきます。
30年現場にいた私が思うこと
新規開発と運用保守、どちらが難しいかとよく聞かれます。私の答えは、どちらも難しいが難しさの種類が違うというものです。新規開発は未知のものを作る難しさ、運用保守は既知のものを守りながら変える難しさがあります。
運用保守PMOは縁の下の力持ち
運用保守のPMOは地味です。新規開発のように華やかなローンチイベントはありません。何事もなく1日が終われば、それが成功です。障害ゼロ、顧客クレームゼロ、チームメンバーの残業ゼロ。その静かな日常を維持することが、運用保守PMOの仕事です。
しかし私は運用保守PMOの仕事に誇りを持っています。企業の業務を支えるシステムを守り、改善し続ける。その積み重ねが企業の競争力を支えています。新規開発が作った価値を、運用保守が守り育てる。両方があって初めてITは企業に貢献できます。
これから運用保守PMOになる人へ
もしあなたが新規開発から運用保守PMOに異動になったら、最初は戸惑うと思います。計画が機能しない、突発対応に追われる、自分の時間が取れない。そんな日々が続くかもしれません。
でも大丈夫です。運用保守には運用保守のやり方があります。完璧を目指すのではなく、優先順位をつけて確実に回すこと。不完全な情報でも判断を下し、間違っていたら修正すること。顧客とチームメンバーとベンダーと、すべてのステークホルダーとの関係を維持すること。これらは経験を積めば必ず身につきます。
私が最初に運用保守PMOになったとき、先輩から言われた言葉があります。運用保守は火消しではなく防火だと。障害が起きてから対応するのではなく、障害が起きないように予防する。顧客が怒ってから対応するのではなく、怒らないように先回りする。その視点を持てば、運用保守PMOの仕事は火消しから防火に変わります。
明日からできる小さな一歩
もしあなたが今、運用保守の現場で苦労しているなら、明日からできることが一つあります。インシデントの記録を始めてください。いつ、どんな障害が起きて、誰が対応して、何時間かかったか。それだけでいいです。
1か月記録を続けると、パターンが見えてきます。同じような障害が繰り返し起きていることに気づきます。特定の時間帯に集中していることに気づきます。特定のメンバーに負荷が偏っていることに気づきます。そのパターンが見えたら、次は予防策を考えられます。
運用保守PMOの仕事は、この小さな改善の積み重ねです。一気に変えようとしなくていい。毎週少しずつ、現場を良くしていく。その積み重ねが1年後、3年後に大きな差になります。私も今日まで、そうやって現場を改善してきました。あなたにもできます。一緒に頑張りましょう。

コメント