「便利なはず」のITツールが、逆に仕事を増やしている

「このプロジェクトはSlackで連絡してください」「こっちの案件はTeamsです」「タスク管理はTrello…いや、Asanaでしたっけ?」
こんな会話、最近職場で増えていませんか?
SaaSツールの普及で、かつてないほど「便利なツール」が手軽に導入できるようになりました。月額数百円から使えるサービスも多く、各部署が「これ便利そう」と思ったら即導入。その結果、気づけば社内に同じような機能を持つツールが複数存在し、メンバーは「どれを使えばいいの?」と混乱する状態に陥っています。
私がPMOとして関わった中堅企業でも、チャットツールが3つ、ファイル共有サービスが4つ、タスク管理ツールが5つ…という状況がありました。従業員は毎日、複数のツールを行ったり来たりしながら情報を探し回り、「結局どこに保存したんだっけ?」と途方に暮れる。効率化のはずが、逆に生産性を大きく損なっていたんです。
経営層も「便利になったはずなのに、なぜ残業が減らないんだ?」と首をかしげています。ITツールの月額料金を合計すると、年間で数百万円に達していることも珍しくありません。それなのに、現場は疲弊している。
この問題の本質は「ツールが悪い」のではなく、「整理されていない」ことにあります。
ある中堅商社のクライアントで、ITツールの棚卸しを実施したところ、全社で47種類のSaaSが導入されており、機能が重複しているものだけで12種類もあることが判明しました。年間ライセンス費用は約2,400万円。整理プロジェクトを半年かけて実施した結果、重複ツールを統合して18種類まで削減し、年間1,100万円のコスト削減を実現しました。ポイントは、各部署のヒアリングで「実際に何を使っているか」を徹底調査したこと。多くのツールが「契約はしているが誰も使っていない」状態で、これを可視化するだけで大きな成果が出ました。SaaSは増えるのは簡単ですが、減らすには相当な労力が必要だと実感した経験です。
今回は、ITツール乱立で生産性が下がっている企業がどう整理すればいいのか、実践的な手順とコツをお伝えします。経営層への説得材料となるコスト削減効果についても触れますので、「社内のツールをなんとかしたい」と思っている方はぜひ最後までお読みください。
なぜITツールは乱立してしまうのか
まず、なぜこんな事態になるのかを整理しておきましょう。原因がわかれば、再発防止策も見えてきます。
導入のハードルが劇的に下がった
昔のITツール導入は大仕事でした。稟議を通して、ベンダーと契約して、サーバーを立てて、社内に展開して…というプロセスに数ヶ月かかるのが普通でした。
でも今は違います。クレジットカードがあれば、5分で使い始められるSaaSツールがゴロゴロあります。部長が「これ便利そうだな」と思ったら、その場で契約。IT部門の承認なんて通さずに、部署単位でツールが増えていきます。
この「導入の民主化」自体は悪いことではありません。ただ、誰も全体を見渡して管理していないと、気づいたときには手がつけられない状態になっているんです。
「とりあえず入れてみる」文化
SaaSの多くは無料プランやトライアル期間があります。「合わなければやめればいいや」という軽い気持ちで導入できるのは魅力的ですが、実際には「やめる」という判断がなかなか下されません。
なぜなら、一度使い始めると「このツールにデータが入っている」「このメンバーだけは使っている」という状態が生まれるからです。やめるには移行作業が必要になり、それが面倒で放置される。結果、使われているのか使われていないのか微妙なツールが残り続けます。
「他部署は他部署」という縦割り意識
営業部はSalesforce、開発部はJira、総務はkintone…と、各部署が独自にツールを選んでいると、全社的な統一性は失われます。「うちの部署には合わない」「営業と開発では業務が違う」という理屈は一見もっともですが、情報共有の観点では大きな障壁になります。
部署間でプロジェクトを進めるとき、「どのツールで情報共有するか」から議論が始まる。これ、かなりの時間の無駄なんですよね。
ITツール整理の具体的なステップ
では、実際にどうやって整理していけばいいのか。私がPMOとして何度も実践してきた手順をお伝えします。
ステップ1:全ツールの棚卸しをする
まずは現状把握です。社内で使われているITツールを全部リストアップしてください。経理部門に協力してもらい、サブスクリプション形式で支払いが発生しているものを洗い出すのが効率的です。
ただし、個人のクレジットカードで契約しているケースや、無料プランで使っているツールは見落としがちです。各部署にアンケートを取って「日常的に使っているITツール」を報告してもらうことも必要です。
リストには以下の情報を記録します:
- ツール名
- 用途(チャット、ファイル共有、タスク管理など)
- 利用部署・利用人数
- 月額・年額コスト
- 契約者(誰が管理しているか)
- 最終利用日(わかる範囲で)
この作業だけで、「え、こんなツール入ってたの?」という発見が必ずあります。私が関わったある企業では、50個以上のSaaSツールが見つかり、経営層が絶句していました。
ステップ2:使用実態を調査する
リストができたら、次は「本当に使われているか」を確認します。ライセンス数は50だけど実際のアクティブユーザーは5人、というケースは本当に多いんです。
各ツールの管理画面にログインして、利用統計を確認してください。多くのSaaSは管理者向けにユーザーアクティビティのダッシュボードを提供しています。
ここで重要なのは、「誰も使っていないツール」だけでなく、「一部の人しか使っていないツール」も洗い出すことです。10人中1人しか使っていないなら、その人だけ別の方法に移行してもらえば、9人分のコストが浮きます。
ステップ3:機能の重複を整理する
次に、同じような機能を持つツールをグルーピングします。チャットツールが3つあるなら、それぞれの機能を比較表にまとめてください。
ここで注意したいのは、「機能の豊富さ」だけで判断しないことです。多機能なツールが必ずしも良いわけではありません。現場が使いこなせるか、導入・教育コストはどうか、という視点も必要です。
私の経験では、「全部の機能を使おうとして結局誰も使わない高機能ツール」より、「限定的だけど確実に使われるシンプルなツール」の方が、実際の生産性向上につながります。
ステップ4:統合・削減の優先順位をつける
全部を一気に整理しようとすると、現場が混乱します。優先順位をつけて、段階的に進めましょう。
優先度が高いのは:
- 完全に使われていないツール(即座に解約)
- 明らかに重複しているツール(統合効果が大きい)
- 高コストで代替可能なツール(コスト削減効果が大きい)
逆に、後回しでいいのは:
- 特定の業務で深く使い込まれているツール(移行コストが高い)
- 無料プランで使っているツール(コスト削減効果がない)
- 外部パートナーとの連携で使っているツール(勝手に変更できない)
ステップ5:移行計画を立てて実行する
統合するツールが決まったら、移行計画を立てます。ここが一番大変ですが、丁寧にやらないと現場の反発を招きます。
移行計画に含めるべき要素:
- 移行スケジュール(十分な期間を確保)
- データ移行方法(過去データをどう扱うか)
- 教育・研修計画(新ツールの使い方を教える)
- サポート体制(移行期間中の問い合わせ対応)
- 並走期間(旧ツールと新ツールを同時に使える期間を設ける)
特に「並走期間」は重要です。ある日突然旧ツールが使えなくなると、現場はパニックになります。1〜2ヶ月は両方使える状態にして、徐々に新ツールに慣れてもらうのが現実的です。
ステップ6:ルールを作って再発防止
せっかく整理しても、また乱立したら意味がありません。新規ツール導入のルールを明文化してください。
例えば:
- 新しいITツールを導入する際は、IT担当者(または情報システム部門)に事前申請
- 既存ツールで代替できないか検討する
- 無料トライアルでも、組織として承認を得てから使用
- 四半期ごとにツール利用状況をレビュー
このルールを形骸化させないためには、「面倒な手続き」ではなく「相談窓口」として機能させることが大切です。「こんなことがしたいんだけど、どのツール使えばいい?」と気軽に聞ける雰囲気を作れば、勝手な導入は減ります。
社内合意を得るための説得材料
ツール整理プロジェクトを進める上で、一番の壁は「現場の抵抗」と「経営層の無関心」です。それぞれに効く説得材料を用意しましょう。
経営層には「コスト削減効果」を数字で示す
経営層が一番興味を持つのは、やはりコストです。棚卸しの結果をもとに、年間のSaaSコストを集計してください。多くの経営者は、その合計額を見て驚きます。
私が関わった事例では、従業員100名規模の企業で年間600万円のSaaS支出がありました。そのうち約30%が重複や未使用のツールでした。つまり、整理するだけで年間180万円のコスト削減が見込めたわけです。
さらに、「ツールを探す時間」「使い方を教える時間」といった間接コストも試算に入れると、説得力が増します。1日10分の無駄な作業が、100人×年間240営業日で計算すると400時間。時給2000円として80万円の機会損失です。
現場には「楽になる」イメージを伝える
現場の抵抗は「変化への不安」から来ています。「今使っているツールが使えなくなる」「また新しいツールを覚えなきゃいけない」という心理的負担を軽減する必要があります。
効果的なのは、「統合後の業務フロー」を具体的に見せることです。「今は3つのツールを行き来してたのが、1つで完結するようになります」「情報がどこにあるか探す時間が減ります」といった、日常業務レベルのメリットを伝えましょう。
また、移行作業は「現場に丸投げしない」ことが重要です。データ移行やアカウント設定はIT担当側で済ませ、現場には「使い始めるだけ」の状態で渡す。このくらいの配慮があると、反発は大きく減ります。
「小さな成功」を積み重ねる
いきなり全社的な大統合をやろうとすると、失敗のリスクも大きくなります。最初は小さく始めて、成功体験を作ることをおすすめします。
例えば、完全に使われていないツールを1つ解約する。これだけでも「月5万円のコスト削減」という実績になります。それを社内で共有し、「次はこのツールを整理しましょう」と段階的に進める。
小さな成功を積み重ねることで、「ツール整理って意味があるんだ」という認識が社内に広がります。そうなれば、大きな統合プロジェクトも進めやすくなります。
ツール整理を助ける実用ツール
最後に、ツール整理プロジェクトそのものを助けてくれるITツールを紹介します。ツールを整理するためにツールを使う、というのは皮肉な話ですが、実際に効果的なものもあるんです。
Torii(SaaS管理プラットフォーム)
Toriiは、社内で使われているSaaSを自動で検出して、利用状況やコストを可視化してくれるツールです。クレジットカード明細やSSO(シングルサインオン)のログと連携して、「誰がどのツールを使っているか」を一元管理できます。
便利なのは、使われていないライセンスを自動で検出してくれる機能。「このユーザーは3ヶ月ログインしていません」といった情報がダッシュボードで見られるので、削減候補がすぐにわかります。
ただし、Torii自体が海外製のSaaSで、日本語対応が完全ではありません。また、中小企業には少しオーバースペックな面もあります。従業員100名以上で、SaaSが20個以上ある企業なら検討の価値ありです。
Googleスプレッドシート(棚卸し用)
専用ツールを入れる前に、まずはスプレッドシートで棚卸しするのが現実的です。私もクライアント企業では、最初は必ずスプレッドシートでリストを作ります。
テンプレートを作っておけば、各部署に配布して入力してもらい、集約するだけです。コストもかからず、誰でも編集できるのが強みです。
使いこなしのコツは、「入力例を充実させること」。何を書けばいいかわからないと、各部署からの回答が曖昧になります。1行目に具体例を書いておき、「この形式で入力してください」と伝えると、精度の高い情報が集まります。
Notion(移行計画・ドキュメント管理用)
ツール整理プロジェクトでは、大量のドキュメントが発生します。現状調査レポート、比較表、移行手順書、FAQなど。これらを体系的に管理するには、Notionが便利です。
Notionの良いところは、ページ同士をリンクで繋げて、Wikiのように情報を整理できること。「移行手順書の中で参照するFAQ」といった構造を作れば、メンバーが必要な情報にすぐたどり着けます。
ただし、Notionも「使いこなすまでが大変」というツールの典型例です。多機能すぎて、最初は戸惑う人が多いんですよね。プロジェクトメンバー全員にNotionを覚えてもらうのは現実的ではないので、「情報はNotionで管理するが、共有はPDFやリンクで」という使い方が無難です。
Zoom / Google Meet(キックオフ・説明会用)
ツール整理を進めるには、関係者への説明が欠かせません。特にリモートワーク環境では、オンライン会議ツールを活用した説明会が効果的です。
ZoomやGoogle Meetを使って、「なぜツール整理が必要か」「どう進めるか」を全社員に説明する機会を作りましょう。文書だけで伝えるより、顔を見ながら質疑応答できる方が、理解と納得が深まります。
録画機能を使えば、参加できなかった人にも後から共有できます。「何度も同じ説明をする」手間が省けるのも、オンライン会議ツールの利点です。
このあたりのツールは、多くの企業ですでに導入されているはずです。新たに何かを買う前に、今あるツールを最大限活用する。これも、ツール乱立を防ぐ基本姿勢ですね。
まとめ:整理された環境が生産性を生む
ITツールは便利です。でも、整理されていないITツール群は、便利どころか生産性の足かせになります。
棚卸しをして、重複を統合して、ルールを作る。この3ステップを踏むだけで、年間数十万円から数百万円のコスト削減と、メンバーの時間的・精神的な負担軽減が実現できます。
大切なのは、「完璧を目指さない」ことです。全てのツールを最適化しようとすると、プロジェクト自体が頓挫します。まずは明らかに無駄なものから削る。小さな成功を積み重ねて、徐々に整理された環境を作っていく。
私の経験上、ツール整理プロジェクトで一番価値があるのは「コスト削減」ではなく、「メンバーが仕事に集中できる環境を取り戻すこと」です。どのツールを使うか迷う時間、情報を探し回る時間が減れば、本来やるべき仕事に時間を使えます。
あなたの会社のITツール、一度棚卸ししてみませんか?


コメント