運用保守の現場で感じる、見えない価値とのギャップ
新規開発プロジェクトが終わり、運用保守フェーズに移行すると、現場の空気は一変します。開発時は毎週のように新機能がリリースされ、画面が増え、進捗報告会では成果物が次々と提示されました。しかし運用保守に入ると、報告することは障害件数、問い合わせ対応件数、サーバーの稼働率といった数字ばかり。何も起きないことが良いことなのに、何も起きないと報告することがない。この矛盾に、多くのPMOやエンジニアが戸惑います。
私自身、運用保守PMOとして10年以上この現場にいますが、特に最初の数年は達成感を見出すのに苦労しました。開発フェーズでは評価されていたメンバーが、運用保守に移った途端に燃え尽きたような表情になる。新規開発を経験したエンジニアほど、この落差に悩むのです。
私はPMOとして10年以上、複数プロジェクトで運用保守を経験してきました。運用保守は、新規開発とは評価の仕方が根本的に違います。新規開発は加点方式で、作った成果が目に見えます。リリースすれば達成感があり、周囲からも評価されます。しかし運用保守は減点方式です。障害を出さず、クライアント要件に応え、システムを安定稼働させることが基本の期待値であり、それを達成しても大きな評価にはつながりません。むしろ大きな障害を出すと減点されます。現在担当している自動車保険の運用保守でも、この構造は同じです。派手さはありませんが、企業のシステムを支える運用保守PMOの真の価値は、日々の細かい判断の積み重ねにあります。派手なゴールがない仕事だからこそ、自分の判断軸を持つことが重要だと感じています。
運用保守は減点方式です。大きな障害を起こさないこと、サービスを止めないこと、ユーザーからの問い合わせに迅速に対応すること。これらはすべて当たり前のことであり、できて当然と見なされます。一方、新規開発は加点方式です。新しい機能を作れば作るほど、見える成果が積み上がり、評価されます。
この評価構造の違いを理解しないまま運用保守に入ると、自分の仕事に意味を見出せなくなります。毎日同じことの繰り返し、目立った成果もなし、障害が起きれば責められる。これでは、モチベーションを保つのは困難です。
しかし現実には、企業のシステムは運用保守フェーズが圧倒的に長いのです。開発期間が1年だとすれば、運用期間は5年、10年と続きます。その長い期間、システムを支え続けるのが運用保守PMOの役割です。派手さはありませんが、この仕事がなければ企業のビジネスは回りません。
開発と運用保守の評価構造の違い
新規開発プロジェクトでは、成果物が目に見える形で積み上がります。設計書が完成する、画面が動く、テストが通る。毎週の進捗会議で報告できることが必ずあります。プロジェクト計画に対して何パーセント進んだかが明確で、ゴールも見えています。
一方、運用保守には明確なゴールがありません。システムが稼働し続けること自体がゴールであり、それは終わりのない日常です。障害ゼロを目指しても、外部要因や経年劣化、利用者の増加など、コントロールできない要素が常に存在します。
この違いを、私は10年かけて体で理解しました。開発は短距離走、運用保守はマラソンです。短距離走では全力疾走して記録を出せば評価されますが、マラソンでは完走することが前提で、途中でペースを乱さないことが求められます。
見えない仕事が評価されない構造
運用保守PMOの仕事の多くは、問題が起きないようにする予防的な活動です。定期的なログ監視、パフォーマンスのチェック、セキュリティパッチの適用計画、バックアップの確認。これらはすべて、何も起きないための仕事です。
しかし、何も起きなければ、その仕事の価値は外からは見えません。経営層に報告しても、今月も障害ゼロでしたという報告では、何もしていないように受け取られることさえあります。実際には、障害ゼロを維持するために膨大な作業をしているのですが、その労力は可視化されにくいのです。
私が担当している自動車保険システムの運用保守でも、この問題に直面しています。保険契約は24時間365日受け付けるため、システムを止めることはできません。深夜のメンテナンス作業、休日の緊急対応、予兆監視による事前対処。これらの積み重ねで障害を未然に防いでいますが、防いだ障害は記録に残りません。
なぜ運用保守は減点方式なのか
運用保守が減点方式になるのには、構造的な理由があります。30年のIT業界経験の中で、私はこの構造を何度も目の当たりにしてきました。単に評価者の理解不足や、現場の努力が足りないという話ではなく、ビジネスとシステムの関係性そのものに根ざした問題なのです。
期待値が異なる2つのフェーズ
新規開発と運用保守では、ステークホルダーの期待値がまったく異なります。新規開発では、新しい価値を生み出すことが期待されています。今までできなかったことができるようになる、業務が効率化される、売上が増える。こうした期待に対して成果を出せば、加点評価を受けます。
しかし運用保守では、現状維持が期待されています。システムが動いていること、データが失われないこと、セキュリティが保たれていること。これらは当然の前提であり、できていても加点されません。逆に、障害が起きたりデータが消えたりすれば、大きく減点されます。
この期待値の違いは、投資の性質の違いでもあります。新規開発は攻めの投資、運用保守は守りの投資です。企業経営において、攻めの投資は成長のエンジンとして注目されますが、守りの投資は当たり前のコストと見なされがちです。
運用保守が減点方式になる3つの要因
| 要因 | 内容 | 現場への影響 |
|---|---|---|
| 可視化の困難さ | 予防した障害は記録に残らず、実施した作業の価値が見えにくい | 地道な作業が評価されず、モチベーション低下につながる |
| ビジネス影響の非対称性 | システムが正常稼働しても売上は変わらないが、障害が起きると損失が発生する | 成功は当たり前、失敗は大問題という評価構造が生まれる |
| 期待値のリセット | 一度安定稼働すると、その状態が新しい当たり前になる | 改善しても評価されず、現状維持がゴールになってしまう |
私がPMOとして経験してきた中で、この3つの要因は常に存在していました。特に期待値のリセットは厄介です。システムの稼働率を95%から99%に改善しても、一度99%になれば、それが当然の基準になります。99.5%に上げても、評価はほとんど変わりません。しかし99%から98%に下がれば、すぐに問題視されます。
減点方式が生む現場の空気
減点方式の評価構造は、現場の空気を変えます。新しいことに挑戦するよりも、ミスをしないことが優先されます。改善提案よりも、現状維持が安全です。このマインドセットは、長期的にはシステムの劣化を招きます。
運用保守チームが保守的になりすぎると、技術的負債が蓄積します。古いバージョンのミドルウェアをそのまま使い続ける、コードのリファクタリングを先送りする、新しいツールの導入を避ける。すべてはリスクを避けるためですが、結果的にシステムは硬直化し、いざというときに対応できなくなります。
私はこの状況を、金融系の運用保守案件で目の当たりにしました。変更管理が厳格すぎて、小さな改善すら何ヶ月もかかる。その結果、誰も改善を提案しなくなり、システムは10年前の設計のまま動き続けていました。安定はしていましたが、ビジネス要件の変化に追随できず、結局は大規模なリプレースが必要になったのです。
運用保守PMOとしての守りの技術
減点方式の評価構造は変えられません。しかし、その中で価値を生み出し、チームのモチベーションを維持する方法はあります。私が10年以上の運用保守PMO経験の中で実践してきた、守りの技術を紹介します。
可視化による価値の証明
運用保守の仕事を可視化することが、最初のステップです。障害ゼロは当たり前ではなく、日々の作業の積み重ねで実現していることを示す必要があります。私が現場で実践しているのは、以下の3つの可視化です。
まず、予防的活動の記録です。ログ監視で異常を検知した件数、予兆対応で大きな障害を防いだ事例、定期メンテナンスで実施した作業内容。これらを月次レポートにまとめ、経営層に報告します。防いだ障害を数値化することで、見えない仕事を見える化するのです。
次に、改善活動の効果測定です。運用保守でも、効率化や自動化による改善は可能です。手作業を自動化して作業時間を何時間削減したか、監視ツールを導入して検知時間を何分短縮したか。こうした改善を定量的に示すことで、加点要素を作り出します。
最後に、ビジネス影響の試算です。もし障害が起きたら、どれだけの損失が発生するか。保険契約システムであれば、1時間のダウンタイムで何件の契約機会を失うか。この数字を示すことで、運用保守の価値を金額換算できます。
現場で使えるツールと選び方
運用保守PMOとして、私が現場で実際に使っているツールを紹介します。重要なのは、ツールを導入することではなく、運用保守の価値を可視化し、チームの負担を減らすために使うことです。
Datadog や New Relic といった統合監視ツールは、システムの状態を可視化する強力な武器です。私が評価するのは、ダッシュボードのカスタマイズ性です。経営層向けには稼働率やレスポンスタイムのサマリー、現場向けには詳細なメトリクスとアラート。見せる相手によって情報を切り替えられることが、運用保守PMOには不可欠です。
インシデント管理には PagerDuty や Opsgenie を使っています。運用保守では、障害対応のスピードが評価を左右します。アラートの自動エスカレーション、オンコール担当者へのルーティング、対応履歴の記録。これらを自動化することで、深夜や休日の対応品質を維持できます。私が重視するのは、対応時間の記録機能です。平均対応時間や最長対応時間を数値化できれば、改善活動の効果を証明できます。
作業の自動化には Ansible や Terraform といったIaCツールが有効です。ただし中小企業の運用保守では、いきなり本格的なIaCを導入するのは現実的ではありません。私が勧めるのは、頻繁に行う定型作業から自動化することです。バックアップの取得、ログのローテーション、セキュリティパッチの適用。こうした作業をスクリプト化するだけでも、大きな効果があります。
| ツール種別 | 代表的製品 | 運用保守での活用ポイント | 導入難易度 |
|---|---|---|---|
| 統合監視 | Datadog, New Relic, Zabbix | システム状態の可視化、予兆検知、経営層への報告資料作成 | 中〜高(初期設定に時間がかかるが、効果は大きい) |
| インシデント管理 | PagerDuty, Opsgenie, Jira Service Management | 障害対応の迅速化、対応履歴の記録、評価指標の取得 | 低〜中(既存の運用フローに組み込みやすい) |
| 作業自動化 | Ansible, Terraform, シェルスクリプト | 定型作業の効率化、人的ミスの削減、作業時間の削減効果測定 | 低〜高(シンプルな自動化から始めて段階的に拡大) |
| ナレッジ管理 | Confluence, Notion, Scrapbox | 障害対応手順の共有、ノウハウの蓄積、新メンバーの教育 | 低(導入は簡単だが、継続的な更新が課題) |
守りの技術3つの心得
ツールを導入しても、運用保守PMOとしてのマインドセットがなければ、効果は半減します。私が30年の経験から学んだ、守りの技術の3つの心得を共有します。
第一に、小さな改善を積み重ねることです。運用保守では、大きな変革よりも小さな改善の継続が効果的です。月に1つでも作業を自動化する、週に1つでも監視項目を追加する。こうした小さな積み重ねが、1年後には大きな差になります。私は毎週の定例会議で、必ず1つは改善提案を出すルールを設けています。
第二に、予兆を見逃さないことです。大きな障害は、必ず予兆があります。エラーログの増加、レスポンスタイムの微増、ディスク使用率の上昇。これらの小さな変化に気づき、大きな障害になる前に対処することが、運用保守PMOの腕の見せどころです。私はこれを守りの嗅覚と呼んでいます。数値だけでなく、現場の空気を読む力も必要です。
第三に、チームの心理的安全性を保つことです。減点方式の環境では、メンバーは失敗を恐れて報告を遅らせがちです。しかし小さな問題を早期に共有できる環境こそが、大きな障害を防ぎます。私は障害報告会議で、必ず原因追及より再発防止策の議論に時間を割きます。誰が悪いかではなく、どうすれば防げるかを考える文化を作ることが、PMOの役割です。
30年現場にいた私が思うこと
運用保守は地味です。派手な成果発表もなければ、プロジェクト完了のパーティーもありません。毎日同じことの繰り返しで、何も起きないことが最高の成果です。しかし私は、この仕事に誇りを持っています。
なぜなら、企業のビジネスを本当に支えているのは運用保守だからです。新規開発で作られたシステムも、運用保守がなければ数ヶ月で動かなくなります。私が担当している自動車保険システムは、毎日数千件の契約を処理しています。このシステムが止まれば、会社のビジネスが止まります。その責任の重さと、支えている価値の大きさを、私は日々実感しています。
減点方式の評価構造は変えられません。しかし、評価されるために仕事をしているわけではないのです。私たち運用保守PMOは、システムを守り、ビジネスを守り、ユーザーを守っています。この守りの技術は、30年のキャリアの中で最も誇れるスキルです。
もしあなたが運用保守の仕事に達成感を感じられないなら、視点を変えてみてください。今日もシステムが動いている。それは、あなたが昨日までに積み重ねてきた作業の成果です。今月も障害ゼロだった。それは、あなたが予兆を見逃さず対処した結果です。これは立派な成果であり、誰にでもできることではありません。
明日からできる小さなアクションを1つ提案します。運用保守の作業記録を、1週間だけ詳細につけてみてください。ログ監視に何分かけたか、問い合わせ対応に何件対応したか、予防的に実施した作業は何件か。すべて記録し、週末に集計してみてください。あなたが1週間でどれだけの仕事をしているか、数字で見えるはずです。その数字が、あなたの価値の証明です。
運用保守は減点方式です。しかしその中でも、私たちは価値を生み出せます。見えない仕事を見える化し、小さな改善を積み重ね、チームと共に守りの技術を磨く。これが、私が10年以上実践してきた運用保守PMOとしての生き方です。派手さはありませんが、この仕事を続けてきて良かったと、今は心から思っています。

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