運用保守の立ち上げで最初にぶつかる壁
システムが無事にリリースされた。開発チームは解散し、いよいよ運用保守フェーズが始まる。ここで多くの企業が直面するのが、どこから手をつければいいか分からないという問題です。開発フェーズには要件定義から設計、実装、テストと明確な流れがありますが、運用保守にはそういった定型的な進め方がありません。
私自身、PMOとして10年以上にわたり、金融系から製造業、現在の自動車保険システムまで、さまざまな業界で運用保守の立ち上げを担当してきました。その中で何度も見てきたのが、初期の仕組み作りを怠ったために後から苦労する現場の姿です。
私がPMOとして10年以上、運用保守フェーズの立ち上げを何度も経験してきた中で、最初に整備すべき3つの仕組みが見えてきました。第1は課題受付・トリアージの仕組み、クライアントからの要件をどう受け付け、どう優先順位付けするか。第2は月次報告と定例会議の仕組み、クライアントとの信頼関係を維持するための情報共有の場です。第3はナレッジ蓄積の仕組み、対応した障害や改善内容をチームで共有し、後任者にも引き継げる形にすること。現在担当している自動車保険の運用保守でも、この3つの仕組みを最初に整備しました。この基盤があることで、複数案件を回しながらも安定した運用ができています。運用保守は最初の3ヶ月で仕組みを整えるかどうかで、その後の3年が決まると痛感しています。
運用保守は開発と違って終わりがありません。だからこそ、最初の仕組み作りが後の数年間を左右するんですよね。私が現場で学んだのは、完璧な仕組みを目指すのではなく、必要最小限の3つの仕組みをまず確実に作ることでした。
運用保守で起きる典型的な混乱
運用フェーズに入ると、開発時とは異なる種類の業務が一気に押し寄せます。ユーザーからの問い合わせ、システムの軽微な不具合、機能追加の要望、定期的なメンテナンス作業。これらが同時多発的に発生し、しかも優先順位が曖昧なまま担当者に振り分けられていきます。
開発フェーズでは、プロジェクト計画に沿って各フェーズを順番に進めていけばよかったのですが、運用保守ではそうはいきません。今日発生した障害対応をしながら、来月のリリース準備も進め、さらに次期機能追加の検討もしなければならない。複数の時間軸が並行して走るのが運用保守の特徴です。
こうした状況で仕組みがないと何が起きるか。担当者は目の前の火消しに追われ、重要な案件が埋もれ、同じ質問に何度も答え、過去のトラブル対応の記録が誰かのメールボックスに眠ったままになります。私が見てきた現場では、立ち上げ半年後に既に疲弊している担当者が珍しくありませんでした。
仕組み化しないことで失われるもの
仕組みがない運用保守では、属人化が急速に進みます。特定の担当者しか対応できない業務が増え、その人が休むと業務が止まる。引き継ぎも口頭ベースになり、後任者は一から学び直すことになります。
さらに深刻なのは、経営層への報告が感覚的になることです。今月はどれくらいの問い合わせがあったのか、どんな種類のトラブルが多いのか、人員は足りているのか。こうした質問に対して、担当者の忙しそうな様子や感覚的な数字でしか答えられなくなります。結果として、必要な予算や人員の確保も難しくなるんですよね。
私が現在PMOを務める自動車保険システムの運用保守では、立ち上げ時にこれらの問題を予見し、最初の3ヶ月で基本的な仕組みを整備しました。その結果、2年経った今でも安定した運用が続いています。この経験から、運用保守で最初に整備すべき仕組みは明確に3つだと確信しています。
運用保守が混乱する構造的な理由
なぜ運用保守の立ち上げはこれほど混乱しやすいのか。30年間IT業界にいて、プログラマーからSE、そしてPMOまで経験してきた立場から見えてくるのは、運用保守特有の構造的な問題です。
開発と運用の根本的な違い
開発プロジェクトには明確なゴールがあります。要件を満たしたシステムを期日までに完成させる。一方、運用保守にはゴールがありません。システムが稼働し続ける限り、運用保守も続きます。この違いが、マネジメントのアプローチを根本的に変える必要があるのですが、多くの現場ではこの切り替えができていません。
開発フェーズでは、WBS(作業分解図)を作り、各タスクに担当者とスケジュールを割り当てていけば、ある程度プロジェクトは進みます。しかし運用保守では、今日何が起きるか分かりません。計画通りに進まないことが前提の世界なんですよね。
私が金融系システムの運用保守を担当していた時、開発出身のマネージャーが開発と同じ手法で運用を管理しようとして失敗するのを何度も見ました。週次でガントチャートを更新し、遅延理由を報告させる。しかし運用保守の大半は突発的な作業です。計画したタスクは後回しになり、報告のための報告が増えるだけでした。
情報の流れが一方向から多方向へ
開発フェーズでは、情報の流れは比較的シンプルです。顧客から要件を聞き、設計し、実装し、テストして納品する。基本的には一方向の流れです。ところが運用保守では、情報が多方向から同時に流れ込んできます。
| 情報の発信元 | 内容の例 | 対応の緊急度 |
|---|---|---|
| エンドユーザー | 操作方法の質問、不具合報告、機能要望 | 即時〜数日 |
| システム監視 | アラート通知、性能劣化の検知 | 即時〜数時間 |
| 経営層 | 運用状況の報告依頼、コスト削減要求 | 数日〜数週間 |
| 関連部門 | 他システムとの連携調整、定期メンテナンス連絡 | 数日〜数週間 |
| ベンダー | 製品アップデート情報、脆弱性情報 | 数日〜数ヶ月 |
これらの情報を誰がどう受け止め、どう判断し、誰が対応するのか。この交通整理をする仕組みがないと、情報は担当者個人のメールボックスに蓄積され、重要な案件が埋もれていきます。私が見てきた失敗例の多くは、この情報の交通整理ができていないケースでした。
ナレッジが蓄積されない本当の理由
運用保守では同じような問題が繰り返し発生します。それなのに、なぜ多くの現場ではナレッジが蓄積されないのか。理由は単純で、記録する仕組みがないからです。
開発フェーズでは、設計書やテスト仕様書といった成果物が自然と残ります。しかし運用保守での対応は、多くの場合メールやチャットでのやり取りで完結します。対応が終われば、その情報は流れていってしまう。後から探そうとしても、誰のメールボックスに残っているか分からない状態になります。
さらに問題なのは、記録を残す時間的余裕がないことです。トラブル対応に追われる担当者に、対応後にドキュメント化しろと言っても現実的ではありません。記録を残すことが業務フローの中に組み込まれていない限り、ナレッジは蓄積されないんですよね。
私がPMOとして関わってきた現場で学んだのは、ナレッジ蓄積は後から頑張ってやるものではなく、日常業務の中に自然に組み込まれていなければ機能しないということです。この視点が、後述する3つの仕組みの設計に活きています。
最初に整備すべき3つの仕組みと実装方法
10年以上の運用保守PMO経験から、私が最初に必ず整備する仕組みが3つあります。課題受付とトリアージの仕組み、月次報告と定例会議の仕組み、そしてナレッジ蓄積の仕組みです。これらは順番も重要で、この順序で整備することで、後の仕組みが前の仕組みの上に自然に乗っていきます。
1. 課題受付・トリアージの仕組み
最初に整備すべきは、発生した課題を一元的に受け付け、優先順位をつけて割り振る仕組みです。これがないと、そもそも何が起きているのか把握できません。私が現在の自動車保険システムで使っているのは、課題管理に特化したツールです。
重要なのは、すべての課題を必ず同じ窓口から受け付けることです。メールで直接担当者に送られたものも、電話で受けたものも、チャットで相談されたものも、すべて課題管理ツールにチケット化します。これをルール化しないと、結局一部の情報が見えないままになります。
トリアージは、受け付けた課題を緊急度と重要度で分類し、対応優先順位を決めるプロセスです。私が使っている基準はシンプルで、業務への影響度と影響範囲だけです。複雑な基準を作っても現場では使われません。1時間以内に対応すべきもの、当日中に対応すべきもの、1週間以内でよいもの、この3段階で十分機能します。
課題管理ツールとしては、中小企業ならBacklogやRedmineが使いやすいと思います。私が30年の経験から見て推奨するのは、高機能より使いやすさを優先することです。多機能なツールを導入しても、設定に時間がかかり、使いこなせないまま放置されるケースを何度も見てきました。
2. 月次報告と定例会議の仕組み
2つ目が、運用状況を定期的に可視化し、関係者で共有する仕組みです。課題管理の仕組みで日々の情報が蓄積されていれば、月次報告は自動的に作れます。私が現場で使っている月次報告のフォーマットは、A4で2ページ程度のシンプルなものです。
月次報告に必ず含めるのは、受付件数の推移、カテゴリ別の内訳、対応時間の統計、未解決案件の一覧、来月の予定事項です。これらは課題管理ツールから数字を拾えば作れます。重要なのは、数字だけでなく所感を必ず入れることです。今月の傾向、気になる点、改善提案。これがあることで、報告が単なる数字の羅列ではなく、マネジメント情報になります。
定例会議は月1回で十分です。それ以上頻繁にやると、準備の負担が大きくなり続きません。私の現場では、月初の第一営業日に30分だけ実施しています。参加者は運用チームと顧客側の責任者だけ。報告書は事前に配布しておき、会議では質疑応答と次月の調整に集中します。
この仕組みの本質は、定期的に運用状況を振り返る機会を作ることです。日々の対応に追われていると、全体像が見えなくなります。月に一度立ち止まって数字を見ることで、問題の予兆に気づくことができるんですよね。私が過去に関わった金融系システムでは、この月次レビューで性能劣化の傾向を早期に発見し、大きな障害を未然に防いだことがあります。
3. ナレッジ蓄積の仕組み
3つ目が、対応したことを後から検索できる形で残す仕組みです。これは最初の課題管理の仕組みと連動させることで、自然に実現できます。課題管理ツール上で対応を記録することをルール化すれば、それがそのままナレッジベースになります。
重要なのは、完璧なドキュメントを求めないことです。私が現場で指示しているのは、誰が読んでも再現できる最小限の情報だけです。発生した現象、原因、対応内容、この3点が書いてあれば十分です。書式を統一しようとか、詳細な手順書を作ろうとすると、誰も書かなくなります。
ナレッジ検索の精度を上げるために、タグ付けの仕組みは必須です。私の現場では、システムの機能単位、エラーの種類、対応の種類という3軸でタグを付けています。これだけで、過去の類似案件を探す時間が劇的に短縮されます。
さらに、四半期に一度、よく参照される案件をピックアップして、FAQ形式に整理する時間を取っています。これは新人教育にも使えますし、ユーザーに公開することで問い合わせ自体を減らす効果もあります。ナレッジ蓄積は、蓄積自体が目的ではなく、それを活用して業務を楽にすることが目的なんですよね。
3つの仕組みを支えるツール選定
仕組みを実装するには、適切なツールの選定が必要です。私が30年の経験から得た教訓は、ツールは手段であって目的ではないということです。高機能なツールを導入しても、現場が使いこなせなければ意味がありません。
| ツール | 主な用途 | 向いている企業規模 | コスト感 |
|---|---|---|---|
| Backlog | 課題管理・プロジェクト管理 | 中小企業 | 月額数千円〜 |
| Redmine | 課題管理・ナレッジ管理 | IT知識のある中小企業 | 無料(サーバー費用のみ) |
| Jira Service Management | 課題管理・インシデント管理 | 大企業・複雑な運用体制 | 月額数万円〜 |
| Notion | ナレッジ管理・ドキュメント作成 | 小規模チーム | 月額数千円〜 |
| Confluence | ナレッジ管理・ドキュメント共有 | 中〜大企業 | 月額数千円〜 |
私が現在の自動車保険システムでメインに使っているのはBacklogです。理由は、課題管理、ガントチャート、Wiki機能が一つのツールに統合されていて、チームメンバー全員が直感的に使えるからです。IT専門でない業務部門のメンバーも、1日の説明で使いこなせるようになりました。
Redmineはオープンソースでコストがかからないのが魅力ですが、サーバーの構築と運用に技術力が必要です。私が過去に関わった製造業の現場では、社内にインフラ担当者がいたのでRedmineを選択し、カスタマイズしながら5年以上使い続けています。
Jira Service Managementは、大規模な運用体制や複数ベンダーが関わる環境に向いています。ワークフローのカスタマイズ性が高く、ITIL準拠のプロセスを組み込めます。ただし、設定が複雑なので、専任の管理者が必要になります。私の経験では、20人以上のチームでなければオーバースペックだと思います。
ナレッジ管理については、NotionとConfluenceが代表的です。Notionは軽量で使いやすく、小規模チームならこれで十分です。私も個人的なナレッジ管理にはNotionを使っています。Confluenceは、Jiraとの連携が強力で、課題とドキュメントを紐付けて管理できます。Atlassian製品で統一する場合は、この組み合わせが鉄板です。
ツール選定で最も重要なのは、現場のITリテラシーに合わせることです。私が失敗を見てきたのは、PMOやマネージャーが自分の使いやすさだけで選んでしまうケースです。実際に毎日使うのは現場の担当者です。彼らが抵抗なく使えるツールでなければ、どんなに高機能でも定着しません。導入前に必ず現場メンバーに触ってもらい、フィードバックを集めることを強く推奨します。
仕組みは完璧を目指さず、回しながら育てる
30年間IT業界にいて、運用保守の現場を何度も見てきて思うのは、仕組みは完璧に作るものではなく、回しながら育てるものだということです。私自身、最初から完璧な仕組みを作ろうとして失敗した経験があります。
小さく始めて、現場の声で改善する
私が若手PMだった頃、金融系システムの運用立ち上げで、ITIL準拠の完璧なプロセスを設計しました。インシデント管理、問題管理、変更管理、リリース管理、すべてを体系的に定義し、分厚いマニュアルを作りました。しかし現場は混乱しました。手順が多すぎて、誰も守れなかったのです。
結局、最初の3ヶ月でプロセスを大幅に簡略化しました。守れない立派なルールより、確実に守れるシンプルなルールの方が価値があると学びました。それ以来、私は必ず小さく始めることにしています。最初の1ヶ月は最小限の仕組みだけ。2ヶ月目に現場の声を聞いて改善。3ヶ月目でようやく安定版になる。このサイクルを回すことで、現場に根付く仕組みができます。
現在の自動車保険システムでも、最初は課題管理ツールの登録項目を5つだけにしました。タイトル、内容、担当者、期限、ステータス。これだけです。カテゴリ分類も、エラー種別も、後から追加しました。1ヶ月運用してみて、どういう情報が必要か分かってから項目を増やす。この順序が重要なんですよね。
現場が疲弊しない運用を最優先に
仕組みを作る時、私が最も気をつけているのは、現場の負担を増やさないことです。報告のための報告、記録のための記録は、現場を疲弊させるだけです。私がPMOとして目指すのは、日常業務の中で自然に情報が蓄積され、それが自動的に報告やナレッジになる流れです。
例えば月次報告書は、私が課題管理ツールからデータを抽出して作ります。現場メンバーに報告書作成を依頼することはありません。彼らには日々の対応を課題管理ツールに記録してもらうだけです。その記録が自動的に月次報告の元データになる。この設計ができていれば、報告業務の負担はほぼゼロになります。
定例会議も、現場の時間を奪わないように工夫しています。30分で終わらせる。資料は事前配布で、会議では質疑応答だけ。新しい決定事項は必ず議事録に残し、全員にメール共有。こうすることで、会議のための会議にならず、本当に必要な意思決定の場として機能します。
私がPJM-A資格保有者として伝えたいこと
私はプロジェクトマネージャー試験の上位資格であるPJM-A(プロジェクトマネジメント・アソシエイト)を保有していますが、資格で学んだ理論と現場の実践には大きなギャップがあります。教科書的には、運用保守ではITILのベストプラクティスに従うべきとされています。しかし中小企業の現場では、ITILのフルセットを導入できる体制もリソースもありません。
だからこそ私は、本質だけを抽出して実装することを重視しています。ITILのインシデント管理の本質は何か。発生した問題を見逃さず、優先順位をつけて対応し、記録に残すこと。これができれば、細かい手順はITIL準拠でなくても構いません。理論は現場の実態に合わせて柔軟に適用する。これが実務家としての私の考え方です。
資格試験では、変更管理には変更諮問委員会(CAB)を設置し、すべての変更をレビューすることになっています。しかし10人規模のチームで毎週CABを開催するのは現実的ではありません。私の現場では、軽微な変更は担当者判断、影響範囲の大きい変更だけ月次の定例会議で承認を取る、という簡易版の変更管理にしています。これで十分機能しているんですよね。
明日からできる最初の一歩
この記事を読んで、すぐに3つの仕組みを全部作ろうとしないでください。まずは課題管理だけから始めてください。今日発生した問い合わせや作業依頼を、メールやチャットではなく、Backlogでも、Redmineでも、Excelのリストでもいいので、一箇所に集約する。それだけでいいです。
1週間続けてみてください。何件の課題が発生したか、誰が何に時間を使っているか、少しずつ見えてきます。それが見えてきたら、次に優先順位のルールを決める。1ヶ月経ったら、その情報をまとめて関係者に報告してみる。こうして一歩ずつ進めることで、3ヶ月後には立派な運用保守の仕組みができています。
運用保守は長く続きます。焦らず、現場のペースで、確実に根付く仕組みを作ってください。私も30年かけて、失敗しながら学んできました。この記事が、運用保守の立ち上げに悩んでいるあなたの参考になれば嬉しいです。

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